大河ドラマ 風林火山 その3
今日は武田信虎(信玄の父ですね)が農民の娘を殺すシーンがありましたね。
もちろんドラマの話ですので史実(歴史上の事実)ではないですが果たして信虎はこのような暴君だったのでしょうか。
信虎が好戦的でたびたび農民が戦場にかり出されてたのは間違いないです。
(この時代はまだ兵農未分離です)
おそらく甲斐の農民は困窮したでしょう。
ですがむやみに自国の農民を殺すようなことをしたかは疑問ですね。
(史料を調べたわけじゃないので間違ってたらごめんね)
実は信虎はこののち息子の晴信(信玄)により甲斐から追放されます。
子が父を追放するなんて普通に考えると不道徳極まりないですよね。
ですが信玄は大英雄です。
信玄が父親を追放した大義名分として信虎は暴君だったことにされた可能性もありそうな気がしますね。
歴史ってのは戦勝者が自分の都合の良いように改ざんすることが多々あります。
そういう点に気をつけないと全く事実でないことを事実だと思いこんじゃうかもしれませんね。
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もちろんドラマの話ですので史実(歴史上の事実)ではないですが果たして信虎はこのような暴君だったのでしょうか。
信虎が好戦的でたびたび農民が戦場にかり出されてたのは間違いないです。
(この時代はまだ兵農未分離です)
おそらく甲斐の農民は困窮したでしょう。
ですがむやみに自国の農民を殺すようなことをしたかは疑問ですね。
(史料を調べたわけじゃないので間違ってたらごめんね)
実は信虎はこののち息子の晴信(信玄)により甲斐から追放されます。
子が父を追放するなんて普通に考えると不道徳極まりないですよね。
ですが信玄は大英雄です。
信玄が父親を追放した大義名分として信虎は暴君だったことにされた可能性もありそうな気がしますね。
歴史ってのは戦勝者が自分の都合の良いように改ざんすることが多々あります。
そういう点に気をつけないと全く事実でないことを事実だと思いこんじゃうかもしれませんね。
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大河ドラマ 風林火山 その2
今回は勘助がいずれ仕えることになる武田家について書いてみます。
武田家の系譜は清和天皇まで遡れます。
清和天皇の孫が臣籍降下し源の姓を名乗ります。
いわゆる清和源氏です。
前九年の役で安倍氏を倒した源頼義の三男源頼光の子孫が武田氏になります。
佐竹氏や小笠原氏なども同じ系統です。
なお親光の兄源義家の孫が源為義、その子が義朝でその三男が源頼朝です。
義家の次子の子孫は足利氏、新田氏で足利氏の分家に当たるのが細川氏、斯波氏、畠山氏、そして駿河守護の今川氏もそうですね。
武田という名字は常陸の国(茨城県)の地名を取っています。
甲斐(言うまでもなく山梨県ですね)に移住して鎌倉期から守護として栄えることになります。
若狭(福井県西部)や安芸(広島県西部)、上総(千葉県中部)にも分家を持ち若狭や安芸でも守護職に任命されました。
あんまりいろいろ書き出すとすぐネタ切れするので今回はこの辺でw
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武田家の系譜は清和天皇まで遡れます。
清和天皇の孫が臣籍降下し源の姓を名乗ります。
いわゆる清和源氏です。
前九年の役で安倍氏を倒した源頼義の三男源頼光の子孫が武田氏になります。
佐竹氏や小笠原氏なども同じ系統です。
なお親光の兄源義家の孫が源為義、その子が義朝でその三男が源頼朝です。
義家の次子の子孫は足利氏、新田氏で足利氏の分家に当たるのが細川氏、斯波氏、畠山氏、そして駿河守護の今川氏もそうですね。
武田という名字は常陸の国(茨城県)の地名を取っています。
甲斐(言うまでもなく山梨県ですね)に移住して鎌倉期から守護として栄えることになります。
若狭(福井県西部)や安芸(広島県西部)、上総(千葉県中部)にも分家を持ち若狭や安芸でも守護職に任命されました。
あんまりいろいろ書き出すとすぐネタ切れするので今回はこの辺でw
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大河ドラマ 風林火山 その1
今年の大河ドラマも私の好きな戦国物です♪
去年の功名が辻はだんだん戦国が終わっていくのでネタ切れになったけど、今年は主人公が山本勘助なのでいくらでも書けそうな予感です。
三日坊主の可能性もなきにしもあらずですが^^;
今日はタイトルの風林火山について書いてみます。
風林火山とは孫子の一節「疾如風(はやきことかぜのごとく) 徐如林(しずかなることはやしのごとく) 侵掠如火(しんりゃくすることひのごとく) 不動如山(うごかざることやまのごとし)」の事です。
武田信玄(晴信)がこの旗を使ったことで知られています。
ドラマではまだ信玄の父信虎の代ですのでまだ使われてませんが、いずれこの風林火山の旗が登場するでしょうね。
ところで風林火山が始まる前に日テレの鉄腕ダッシュを見てたら不動尊巡りしてるときに信長の野望の音楽が使われてましたw
(この番組ではよく使われてます)
その時偶然にも武将風雲録の武田のテーマの曲(甲斐の虎 下の巻)がかかってました^^;
知ってたやったんやろかと思ってたら、次に使われてのが同じく武将風雲録の野戦の曲(戦陣の炎)。
ナレーションが極楽浄土とか言ってるときでした。
そうか、戦場が極楽浄土への道だったんだ!(違いますw)
うわ、後書きの方が長いよ^^;
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去年の功名が辻はだんだん戦国が終わっていくのでネタ切れになったけど、今年は主人公が山本勘助なのでいくらでも書けそうな予感です。
三日坊主の可能性もなきにしもあらずですが^^;
今日はタイトルの風林火山について書いてみます。
風林火山とは孫子の一節「疾如風(はやきことかぜのごとく) 徐如林(しずかなることはやしのごとく) 侵掠如火(しんりゃくすることひのごとく) 不動如山(うごかざることやまのごとし)」の事です。
武田信玄(晴信)がこの旗を使ったことで知られています。
ドラマではまだ信玄の父信虎の代ですのでまだ使われてませんが、いずれこの風林火山の旗が登場するでしょうね。
ところで風林火山が始まる前に日テレの鉄腕ダッシュを見てたら不動尊巡りしてるときに信長の野望の音楽が使われてましたw
(この番組ではよく使われてます)
その時偶然にも武将風雲録の武田のテーマの曲(甲斐の虎 下の巻)がかかってました^^;
知ってたやったんやろかと思ってたら、次に使われてのが同じく武将風雲録の野戦の曲(戦陣の炎)。
ナレーションが極楽浄土とか言ってるときでした。
そうか、戦場が極楽浄土への道だったんだ!(違いますw)
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大河ドラマ「功名が辻」 その4
最近は信長の台詞異常や思います^^;
脚本が悪いんかな。
確かにドラマなんやけど見てる人は史実やと思っちゃうからそういうことも考えて欲しいと思います。
来週は本能寺の変みたいですがその5年ぐらい前に明智光秀が大病を患ったことがあったんですよ。
生死をさまようような病気だったようです。
その時に信長が自ら見舞いに行ったようです。
信長と光秀だと一方的に信長が光秀をいじめてたイメージがあるかもしれませんが、こういう意外な話もあったんですよ。
そういえば先日は馬を買う有名な話がありましたね。
もちろん馬と言っても日本の馬なので競馬を走ってるサラブレットやアラブと違い小柄な馬です。
これも知らない人は勘違いしちゃうかもねぇ^^;
ちなみに軍馬は牡馬(オス馬)のみです。
海外では軍馬は去勢するんですが日本ではそういう風習がなかったみたいです。
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脚本が悪いんかな。
確かにドラマなんやけど見てる人は史実やと思っちゃうからそういうことも考えて欲しいと思います。
来週は本能寺の変みたいですがその5年ぐらい前に明智光秀が大病を患ったことがあったんですよ。
生死をさまようような病気だったようです。
その時に信長が自ら見舞いに行ったようです。
信長と光秀だと一方的に信長が光秀をいじめてたイメージがあるかもしれませんが、こういう意外な話もあったんですよ。
そういえば先日は馬を買う有名な話がありましたね。
もちろん馬と言っても日本の馬なので競馬を走ってるサラブレットやアラブと違い小柄な馬です。
これも知らない人は勘違いしちゃうかもねぇ^^;
ちなみに軍馬は牡馬(オス馬)のみです。
海外では軍馬は去勢するんですが日本ではそういう風習がなかったみたいです。
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大河ドラマ「功名が辻」
大河ドラマ「功名が辻」が始まりました。
戦国時代については信長の野望や太閤立志伝でいろいろ本を読んで勉強しました。
なので相当詳しいですw
山内一豊を「やまうちかずとよ」と読むのはちょっと違和感があります。
「やまのうちかずとよ」と読むことの方が多いんですけどねぇ。
人名の読みって結構わからなかったりするんですよ。
希にカナがうってあり資料もありますが漢字を間違ってる資料から読みを推測したりで判断されることも多いみたいです。
たとえば塙直政は伴直政と書かれている資料があるので「はなわなおまさ」では無く「ばんなおまさ」であろうと推測できます。
え、塙直政を知らない?
信長の野望とかだと原田直政です〜。
今日の放送で桶狭間の戦いがありましたが今川義元が陣を敷いた場所を桶狭間山と言ってましたね。
桶狭間というと一般的には狭い窪地だと思われてると思います。
ですが最近では山だという説があるんです。
たしかに軍事的常識(今の日本人には残念ながらあまりないのかも)で考えると窪地で休息を取るなんて考えられません。
街道一の弓取りと言われた今川義元をバカにしすぎです。
山の上で休息を取るのなら納得できます。
低いところから高いところへ攻めるよりも高いところから低いところを攻める方が当然楽ですからね。
高くて見晴らしのいい場所に陣を張るのは当然です。
今後ももし気になったことがあれば書いていきます。
質問とかあれば答えれる範囲でなら答えます。
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戦国時代については
なので相当詳しいですw
山内一豊を「やまうちかずとよ」と読むのはちょっと違和感があります。
「やまのうちかずとよ」と読むことの方が多いんですけどねぇ。
人名の読みって結構わからなかったりするんですよ。
希にカナがうってあり資料もありますが漢字を間違ってる資料から読みを推測したりで判断されることも多いみたいです。
たとえば塙直政は伴直政と書かれている資料があるので「はなわなおまさ」では無く「ばんなおまさ」であろうと推測できます。
え、塙直政を知らない?
信長の野望とかだと原田直政です〜。
今日の放送で桶狭間の戦いがありましたが今川義元が陣を敷いた場所を桶狭間山と言ってましたね。
桶狭間というと一般的には狭い窪地だと思われてると思います。
ですが最近では山だという説があるんです。
たしかに軍事的常識(今の日本人には残念ながらあまりないのかも)で考えると窪地で休息を取るなんて考えられません。
街道一の弓取りと言われた今川義元をバカにしすぎです。
山の上で休息を取るのなら納得できます。
低いところから高いところへ攻めるよりも高いところから低いところを攻める方が当然楽ですからね。
高くて見晴らしのいい場所に陣を張るのは当然です。
今後ももし気になったことがあれば書いていきます。
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