大河ドラマ 風林火山 その6
今週から来週にかけてついに武田晴信が父信虎を甲斐より追放することになります。
親を追放して家督を継ぐというパターンは他の大名家では無いですが、戦国期には武田家以外でも親と子が家督を争うようなことがありました。
豊後(大分県)の大友家では大友義鑑が長男の義鎮(宗麟)ではなく三男の塩市丸に家督を継がせようとしました。
ここまでは信繁に家督を継がせようとした武田家の場合と似てますが、義鑑は塩市丸が家督を継ぐことに反対する家臣に斬られそれが原因で死去しています。
出羽(山形県)の最上家では最上義守が次男義時を擁して長男義光と戦いました。
美濃(岐阜県)では斎藤道三が長男義竜を廃嫡しようとしましたが義竜が先に弟を殺し、道三も長良川の戦いで戦死しました。
どうも長男より弟の方に家督を継がせようとして争うことが多かったようですね^^;
ちなみに追放された武田信虎ですが息子の晴信(信玄)の死の翌年に信濃で没しています。
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親を追放して家督を継ぐというパターンは他の大名家では無いですが、戦国期には武田家以外でも親と子が家督を争うようなことがありました。
豊後(大分県)の大友家では大友義鑑が長男の義鎮(宗麟)ではなく三男の塩市丸に家督を継がせようとしました。
ここまでは信繁に家督を継がせようとした武田家の場合と似てますが、義鑑は塩市丸が家督を継ぐことに反対する家臣に斬られそれが原因で死去しています。
出羽(山形県)の最上家では最上義守が次男義時を擁して長男義光と戦いました。
美濃(岐阜県)では斎藤道三が長男義竜を廃嫡しようとしましたが義竜が先に弟を殺し、道三も長良川の戦いで戦死しました。
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